…!



真っ直ぐ私を見つめ、そう言い切ったロッド様に、私はただ俯いて彼の言葉を頭の中で反芻することしか出来なかった。



…“綺麗”だなんて、初めて言われた。



そっ、と目線を上げると、ロッド様と視線が重なった。


わずかに色香の宿る瞳から目が離せない。


月明かりが二人を照らした。



サラ…



ロッド様が私の髪を離す。


再度、頬に触れたロッド様の指は、先ほどよりも熱を帯びていたような気がした。


世界が無音になる。


空気に触れて冷えたうなじを、ロッド様の指が撫でる。


わずかにその手に力が入ったのを感じた次の瞬間

ロッド様は、はっ、としてまつ毛を震わせた。



…すっ



ロッド様の手が私から離れる。


言葉のない時間に起きた数分の出来事に、私はただ流されていたように思える。


その時、ロッド様は少し言い出しにくそうに呟いた。



「……姫さん。」



「はい…?」



ロッド様は、私から目を逸らして続ける。



「キスで呪いが解けないと分かった以上、もうキスで浄化するのはやめておこう。約束だ。

俺たちは“契約”を結んだだけで、それ以上の関係でも、それ以下でもない。」



さっきまで残っていた甘い雰囲気が、樹海に飲み込まれて消えたように思えた。


ロッド様の声が心に直接響くようだ。



「俺たちは、これ以上近づいてはいけない。

たとえ、そこに気持ちなどなかったとしても」







どくん…!



現実を、急に突きつけられたような気がした



そう…。


私は、ジャナル大臣の取り付けた仮の契約だとはいえ、ノクトラームのアルトラ王子に嫁いできた姫だ。


浄化を理由に、国に仕える騎士団の騎士長とキスなんてしてはいけない。


…それは、心ではちゃんと分かっている。


気持ちなど、ない。