僕は、彼女に歩み寄りながら言葉を続ける。



「もちろん、ノクトラーム側の一方的な要求だから、ドナータルーズ側には破談にする代わりに国の貿易や防衛面を約束する書面を送ったよ。

父上達や、セーヌさんのご両親にも話はつけてあるんだ。」



「えっ!」



「ごめんね。セーヌさんが寝込んでいる間に勝手に事を進めちゃったんだ。」



戸惑いを隠せない彼女に、僕は言った。



「だから、悪いんだけどセーヌさんにはこの城を出てもらいたいんだ。

…僕のこと、嫌いになった?」



僕の言葉に、ぶんぶんと頭を振る彼女に、僕は少し安堵して優しい眼差しを向ける。



…今さら愛しく思ったって遅い。


これは、すべて僕が決めたことなんだから。



小さく呼吸をした後、窓の外に視線を向ける。


すると、俺の目に“ある光景”が映った。


ふっ、と自然に口角が緩む。



「セーヌさん。」


「…っ、はい?」



上ずった彼女の声に、ぼくは窓の外を見ながら口を開く。



「城を出るのは急かさないけど、“あいつ”
は今日城を出るみたいだよ。」



「えっ…?」



「早く追いかけた方がいい。今なら、きっとまだ門をくぐった辺りだろう。

もう、契約なんてないんだ。君は、自由に未来を選んでいいんだよ。」



僕の言葉に、彼女は窓の外へと視線を向けた。


そして、はっ!と肩を揺らす。


僕は、あえて彼女の顔を見なかった。



「…そうだ。一つ、セーヌさんに言ってなかったことがあるんだ。」


「…?」


きょとん、としているであろう彼女に、僕は言葉を続ける。



「実はね。…港町で、セーヌさんが白雪病にかかった時…。

本当は、僕は君にキスをしていないんだ。」



「えっ!!」


ふっ、と彼女へと視線を向けると、彼女は目をぱちくりさせて僕を見ていた。



「今まで伝えなくて、ごめんね。

僕は、セーヌさんの“運命の人”じゃないんだ。」



…そう。

君を眠りから覚ましたのは、僕じゃない。


「たかが“政略結婚”ごときで、運命が変わるはずないんだよ。

セーヌさんの夫になるべき人は、僕じゃない。」



すると、僕の態度に何かを察したような彼女が真剣な顔で僕に声をかける。



「アル…!もしかして、政略結婚を解消したのって………」



その時、僕は手で彼女の言葉の続きを制した。


揺れる彼女の瞳に、優しく笑いかける。



「きっと、今、セーヌさんが考えてることはハズレだよ。

僕が勝手に、まだ結婚するには早いって思っただけさ。全ては、僕の我儘なんだよ。」



「…!」