「…セーヌさんは、覚えているかな。
クロウの城で、僕が君に言ったこと…。」
僕は、彼女を見つめたまま本題を切りだす。
彼女は、頷いて僕から視線を逸らさなかった。
「“聞いてほしい頼みがある”って話でしょ?
もちろん、覚えているわ。」
穏やかな顔の彼女に、僕は小さく呼吸をした。
全てに決着をつける時が来たんだ。
雲一つない晴れやかな空は、まるで僕の心を映しているように見えた。
僕は、覚悟を決めて胸ポケットから一枚の紙を取り出す。
「…これ、見てくれる?」
「…!」
その瞬間、彼女が微かに目を見開いた。
それは、ジャナルが勝手に結んだ、僕のセーヌさんの“婚約届け”だった。
「この紙切れに、僕らは随分振り回されたよね」
僕の言葉に、彼女は苦笑した。
「そうね。色々あったけど、クロウの馬車に連れられてこの城に来たのが昨日のことのよう。
ごめんなさい、王様達への挨拶が遅れて。私の傷が治るのを待っててくれたのよね?」
僕は、そんな彼女の言葉に微かに顔を伏せた。
「…セーヌさん。
僕の頼みを、聞いてくれるかな?」
小さく笑って「…?」と僕の言葉を待つ彼女に、僕は少しの沈黙の後、言い切った。
「この政略結婚、破談にしようか。」
「………………、………え?」
長い沈黙の後、やっと僕の言葉を理解した様子の彼女が、無意識に出たような声を上げた。
まるで予想していなかったのだろう。
彼女は、目をぱちぱちさせながら僕を見ている。
「…ど、どういうこと…?」
動揺している彼女に、僕は答えた。
「この契約は、ジャナルが政権を乗っ取るために結ばれたものだろう?
ジャナルが死んだ今、この件は白紙に戻すのが一番いいと思うんだ。」
面食らっている彼女は、言葉が出ないようだ。
無理もないよな。
こんな唐突に。
だけどね、僕はずっと考えていたことだったんだよ。



