馬車の窓から見える景色がどんどん流れていく。
豪華な装飾の施されたこの馬車に乗り込んだのは、つい十分前のこと。
私の生まれ育った国ドナータルーズに、世界中に名の知れ渡る大国ノクトラームからの使者が訪れたのだ。
なぜかって?
それは、ドナータルーズの姫として育った私が、政略結婚でノクトラームに嫁ぐことになったから。
私の国は大国という程ではないが、代々呪いの魔法を浄化する力によって繁栄し、政治の分野で力を得てきた。
魔法が溢れるこの世界では、呪いの魔法をかけられて命を落とす者も少なくない。
ドナータルーズの王族は、悪しき呪いにかけられた者を唯一救うことが出来る存在として
言わば魔法使いのお医者さんとして、国外の魔法使い達からも頼られるようになったのだ。
「セーヌ姫。」
その時、私の隣に座っている漆黒の制服を着た騎士が私の名を呼んだ。
ふっと目を向けると、銀髪に薔薇色の瞳をした彼が言葉を続ける。
「あと一時間ほど馬車に揺られれば、城に到着します。
着いたらまず、我が国の大臣が城の中を案内しますので。」
感情のないような声でそう言った彼はそれだけを言って私から視線を逸らし、黙り込んでしまった。
…会った時から思っていたけど、この人、すごく無愛想だな。
ニコリともしないし…
すごくクールな人なのかもしれない。
私は、ふと彼がつけているネクタイに目が止まった。
制服やマントと同じ黒のネクタイには、銀色で刺繍が入っている。
「……“クロウ”……?」
つい、刺繍の文字を口にすると、彼が私を見ないまま答えた。
「…俺の名です。
お迎えに上がった時も名乗ったはずですが」
そうだ、そうだ。
そういえば、この人の名はクロウだ。
私はネクタイを見つめながら彼に尋ねた。
「ノクトラームの騎士団の方は、全員ネクタイに名前が刺繍されているんですか?」
するとクロウさんは、やはり私と目を合わせずに答える。
「いえ、俺だけです。
ノクトラームの騎士団はネクタイをしていません。制服は詰め襟なので。」
へぇ…。
どうしてクロウさんだけこの格好をしているんだろう。