「ピアノ、またはじめてみようかな」

「うん」


私の言葉に、蒼空くんが頷く。


まさかきみにこんな話をするなんて、出逢った時には思ってもみなかった。

私が恋をするなんて、きみを好きになるなんて、考えてもみなかった。


今でもありえないと思う。
きみが私の隣にいること。

でも、きっと出逢ったあの時から、この恋は決まっていたのかもしれない。




「結月、あのさ……今度着いてきてくんない?」


手を繋いだまま廊下を歩きながら、蒼空くんが言う。

「どこに?」と、私が首を傾げて聞くと、


「あの人の、母さんのところ」


蒼空くんは少し恥ずかしそうに、そう言った。


いつかの、お母さんを亡くしても泣けなかったと言っていた時の表情とは、少し違う。


「うん……いいよ」


私は微笑んで、ぎゅっと繋いだ手に力を込めた。