「綺麗だねえ」


菜子の瞳にもその色が反射しているようだった。

陽を浴びて僅かにオレンジがかった横顔は脳裏に焼き付くようで、目は離せなかった。


「そうだな」


ぼんやりと返事をしながら、俺は菜子の思うものとは違うものが綺麗だと思った。

空の色も、聞こえるひぐらしも、その中で柔らかい顔をする菜子の横顔も、俺は一生忘れない。忘れられない。


カナ カナ カナ。いつまでも鳴り響くひぐらしは、この光景を淡くぼかしていく。


「…ねえ、なおちゃん。さっき、何て言おうとしたの?」


菜子の問いかけに、俺は「何でもない」と嘘をついた。

菜子も嘘だと分かっているようだったが、「そうなんだ」とあっさり頷いた。


多分お互い分かっていた。

お互いの気持ちを分かっていた。

きっと今言えたら、また違う未来が訪れるだろう。幼馴染みの枠を超える、そんな関係にきっとなる。


それを分かっているのに、俺は言えなかった。


言わなかった。


ひぐらしは鳴き続ける。

カナ カナ カナとその声を幾重にも響かせて。

終わる夏を惜しむように、切なく。

けれど今の俺には違ったように聞こえた。