溢れてしまいそうなほど膨らんでいく感情を抑え込みながら、確かなものを考える。

今ひとつ分かることは、菜子が思い違いをしていること。それだけは誤解を解かないといけない。


違う、そうじゃない、と。

俺はそんなことを思っていない、むしろ俺も同じことを考えている、と。

そう否定する言葉が喉から出て行こうとするが、寸前のところで口を噤んだ。

否定したら、自分の気持ちも告げなければならない。


心臓が跳ねた。


壊れる恐怖が体中を包み込んでいく中で、けれど今だけだとも思った。


高校生活、最後の夏。

これ以降は本格的に受験勉強に追われる日々。

そこから解放されたら、もう俺達はきっと会えない。


今、この時、言わなかったら、俺は一生この気持ちを菜子に言えない。


両の拳を握って、大きく息を吸い込む。

心臓はばくばくと大きな音を立てて痛い。


「菜子」


「なあに、なおちゃん」


菜子はいつも通りふわりと顔を上げて、けれど不思議そうな顔をする。


「菜子、俺は」


その時、ひぐらしの声が鳴り響いた。


カナ カナ カナ カナ カナ・・・


幾重にも響いていく声は夏の終わりを惜しむようだと思った。

二人して窓の外に目を向ける。

微かにオレンジがかった、夕暮れともいえない空にぽっこり浮かぶ雲は日の光を浴びて桃色に輝いている。