「はあ…」


無防備に外気にさらされた頬を、そろそろと撫でるように雨粒が滴っていく。

ぐっしょりと水分を含んだスニーカーのせいで、足の指の感覚がない。


中敷きをつねるよう指先に力を入れれば、記憶の底に封印したはずの、悍ましい光景が脳裏に甦ってきた。

寒さのせいも相まって、ぞわぞわっと首筋に冷たいものが走っていく。


……ちょ、やっぱ、無理だわ。


気持ちの上では……今もまだ引き摺っている。


「……っ」


だけどもう、無理だ。

どう思い直したって、嫌悪感しか湧き上がってこない。

許せるとか、許せないとか、そんなんじゃないんだよ。


心が、―――

身体が、―――

受け入れることを拒絶している。


ダメージを打ち払うかのように口角を強く引き締めると

ひゅるりと濡れた道路に冷気が吹き上がった。


時刻は、――

二十二時を少しまわったところ。


「…しけてんなー」


大学とバイト先を往復する毎日。

住み始めて一年も経つというのに、駅のこちら側に来たのは初めてだった。