「ライア! ハリさん! 二人とも、おかえりなさい!!」

 可憐な花がふわりと綻ぶ様な笑顔は、ハリにも向けられている。以前よりもずっと柔らかい雰囲気を纏うようになったスズラン。今やハリがどんな皮肉を言っても効果は無いだろう。それでもスズランに対してあれだけの事をしてきたのだ。即座に和解など都合が良すぎると躊躇しているのだろうか。

「僕の顔なんか、見たくないだろ……」

 ハリが瞳をそらすと、彼女は少しだけ首をかしげて、いたずらっぽく笑った。

「ハリさんって……ほんと意地悪ね!」

 その声に、空気がふっとほどける。
 ハリは、ほんの少し唇の端をゆがめて──そして、漸く一歩前に進んだ。

「ただいま、スズラン」

 そう重ねるように、ラインアーサが言った。
後ろにいたジュリアンも、肩をすくめながらにやりと笑って「大遅刻じゃん、ハリ」と囃す。
 ラインアーサは一歩前に出て、ふたりの間にそっと立つ。

「大丈夫。ゆっくりでいい」

 そう言ってから、スズランの方へ振り返った。
 彼女は、やわらかくうなずく。
 その少し後ろには、ひときわ凛としたリーナの姿もあった。ジュリアンの妹であり、今やスズランの専属侍女兼、護衛でもある彼女は誰よりも深く頷いている。
 民兵警備隊の仲間たちも見守る中、皆が待ち侘びた瞬間だろう。だがその場を満たしていたのは、歓声でも礼節でもない。ただ──無事の帰還を喜ぶ、心からの「おかえり」だった。
 民衆の中から、誰ともなく同じ言葉がこだまする。

「おかえり」「おかえりなさい!」

 再び帰還を喜ぶ歓声が停車場、──風樹の都全体を揺らす。

 改札を抜けると、空にはほんの少しだけ雨の匂いが混じっていた。
 ハリの足はまだ重たそうだったが、二人の並んだ影は、そっと少しだけ近づいていた。

 あの日、失われたままの時間は戻らない。
 だが、これから紡げる時間がある。

「……ただいま」

 かすかな声に、誰よりも安堵したのは、おそらくハリ自身だろう。



 還るべき場所がある。
 だからこそ新たに旅立つ事が出来る。まだ見ぬ新たな夢を探しに。


 ───そうして、彼らの物語は、静かに未来へと続いていくのだろう。

 終わらない夢がある限り。






 終。