「もう、速いよ」
一段落したところでアンブレラが現れた。
大分息を切らしている。
「なんの音だ!」
ようやく気がついた優介たちが走ってきた。
「………」
男は無言のまま水の壁で包んで身動きができない女性を指差した。
「中から魔法の気配がする。皆注意してください」
アンブレラが中を察知する。
その言葉に男は園子の前に、優介と里花は伊織の前に、伊吹とアンブレラは南美の前に立って警戒する。
さっきまであった水の壁が少しずつ無くなっていくのが分かった。
(来る…)
園子はまた怖くなり男のローブの端をつかむ。
水の壁が完全になくなった瞬間、あの鮮血色の手が四方に勢いよく襲ってくる。
「まずいな……あれは落人だ。」
「おち…びと……?」
伊吹が言葉に園子は僅かに首を傾げる。
だが、園子の声は聞こえなかったようで、園子と伊織以外は警戒がますます強くなる。
「風よ、風の伊吹 (かぜのいぶき)」
「雨よ、雨天矢 (うてんや)」
「闇よ、黒闇の矢 (くろやみのや)」
里花、アンブレラ、ローブの男がそれぞれ魔法を放つ。
3人の魔法は強力で一瞬にして鮮血色の手は砕けた。
「……イヒ」
女性の方向に警戒を向けた里花たち。
今でもポツリと立っている女性は急に笑った。
笑いかたはいびつだ。
「……なっ!どこに…」
女性は笑いと共に姿を消した。
園子たちは自分の周辺を見回すがいない。
「あっ!嶺!後ろ!」
アンブレラがそう叫んだ。
どうやら女性の魔力を感知したようだ。
「っ……!」
男が勢いよく後ろを振り返る。
すると女性がそれと同時に現れた。
「空よ、裂けろ!」
女性はいびつな笑い顔でそう叫んだ。
男は咄嗟に園子を抱き上げ、一歩後ろに飛んだ。
チャリン
抱き上げられた園子の目の前に男が着けていたペンダントが揺れる。
(あれ、これって)
園子はそのペンダントを見つめる。
「園子!嶺!」
アンブレラの声で園子は ハッ と女性がいる方向に振り向いた。
が、女性の姿がない…いや何かに遮られて見えない。
目の前には目のようにパックリと割れた裂け目があった。
「っ……闇よ、縛れ!」
男はそう叫ぶ。
黒い鎖のようなものが現れ女性を縛る。
「水葉!その鎖は簡単には取れない!
今のうちに処分を頼む」
「分かった!嶺は」
「こっちは何とかする」
嶺と呼ばれた男とアンブレラの会話を最後に男と園子は裂け目に引き寄せられた。
「……園姉…」
伊織はぼんやりと園子がいた場所を見ていた。
ただ見ていることしかできなかった。
「母さん!園姉が…」
伊織は涙を我慢して母に助けを求めた。
どうすればいいのか分からない。
「……大丈夫だよ。園子には嶺がついてるから」
アンブレラは幼い子供をなだめるように言った。
里花と優介はお互い顔を見合わせる。
「水葉…嶺ってもしかしてあの子?
生きてたのね…」
里花が訪ねるとアンブレラは頷いた。
それを確認した里花は涙を流し、優介は里花の背中をさする。
「ねぇ、お母さん、お父さん、さっきから言ってる嶺って……嶺兄のこと?」
小さい頃に園子と一緒にいた少年がいた。
その少年は伊織とも遊んでくれたとても優しい少年だった。
園子が中学に上がるときに転校してしまった嶺。
伊織からすると兄貴的な存在で嶺兄と呼んでいた。
里花の 生きていた という言葉はよく分からなかったがその少年のことであることは分かる。
その少年の名前が 立花 嶺 (たちばは れい)
だったからだ。
「うん!そうだよ!立花 嶺 私の弟だよ!」
アンブレラはニコッと笑う。
そして、里花と優介をまっすぐに見て言った。
「嶺は強くなりましたよ。
私以上に孤独を感じているし……まぁ事情あってあまり園子たちと関わりたく無いみたいですけど。」
アンブレラは少し悲しい表情になったがそれは一瞬のことでまた真剣な顔になった。
「感情も表情も暗くなったけど……
その分、あの子を守ることに関しては人一倍強いです。
だから、帰ってくるのを待っていましょう」
アンブレラは最後まではっきりとした口調で言った。
それにここにいた全員が頷いた。
「さて、落人を直しましょう。」
アンブレラはそう言って足元に青い魔法陣を浮かばせる。


