南田は帰りに奥村と話し合いの場を設けるために急いで仕事を片付けた。

 そして定時になると退社して会社前のカフェで時間を潰す。

 これなら何時に奥村さんが退社しようとも声をかけられるはずだ。

 だが、いくら待っても思惑通りにはならず、奥村はカフェの前を通らなかった。

 それなのに別の人が南田に気づいてカフェに入って来た。

 寺田だった。

 彼は同じ大学の先輩だったが、関わりがなかったために名前を知る程度だった。

「なぁ。いい話があるんだけど乗らないか?」

 こういうのは大抵がヤバイ話だ。

「いえ。僕は大丈夫です。」

 だいたい今は奥村さんと話し合いをしないといけないため、それどころではない。

「すっげー大きい話なんだぜ。
 キス税のことで…。」

 キス税の言葉で少し揺れた南田を確認した寺田が声を落として全容を話し出した。


 簡単な話が思った通り甘い話に乗らないかということだった。
 もちろん甘いだけでなくヤバイ話だ。

 南田にとってそれは興味のないことだった。
 奥村が関われば別だったかもしれないが…。

 丁重にお断りをしたつもりだったが
「後で悔やんでも知らないからな」
 と捨て台詞を吐いて寺田は去っていった。

 また敵を作ってしまったか…と小さくため息をついた。


 寺田が去ったあと、寝不足がたたってうたた寝をしてしまった南田が時計を確認すると10時だった。

 今日は月に何度かあるノー残業デー。

 よっぽどのことがない限り、この時間まで残っている者は稀だ。

 ふぅ。僕としたことが…。
 自分が仕掛けたことにずいぶんと振り回されている。

 南田は冷静を取り戻すように眼鏡を押し上げた。

 念のため帰ったか確認をしてから自分も帰宅しよう。

 そう思ってもう一度会社に足を運んだ。