「おい、全然減ってねーぞコーヒー。」
「…それも知ってる。」

 机の端に置いた、食べかけのビターチョコ。思いっきりガリっと噛めばすぐに終わるのにそれをしないのは、ちょっとした反抗心なのかもしれない。

「仕方ねーな。」
「え?」

 相島が手にしたのは、紗弥の飲みかけのコーヒーが入ったマグカップと食べかけのビターチョコ。
 パキンという音がする。ごくんと飲み干す音も。

「ちょっ…何を…!」
「どうせ口直しすんなら、俺が食ったって同じことだろ。」

 全然違う!と叫びたいのにできないのは、恥ずかしさ故か、プライド故か。

「ご馳走様。と、貰ったついでに。」

 コトンと置かれたのはコンビニのキャラメルマキアート。実は最近ハマっているものだった。

「なんでこれ…。」
「え、なに?もしかして前言ってたハマってるやつってこれかよ。」
「話してない…と思うんだけど、これだって。」
「まぁ、それは聞いてねーけど。いいじゃん、一番旨いやつなんだろ?」
「そうだけど。」
「さて、人に何かをしてもらった時には何か言わなきゃいけないことあるよな?」

 にやりと笑うその顔も、この会社の女子たちには人気らしい。相島は紗弥のことを猫かぶりと呼ぶけれど、自分だって相当人を騙している。

「…詐欺師。」
「はぁ?」
「本当はこういう性格なくせに、女子を騙して!」
「お前を騙してるわけじゃねーんだからいいじゃねーか。それに手は出してねーし。」
「そういう問題じゃ…!」
「お前の甘党だって誰にもばらしてねーし、お互い様だろ。好きで騙してるわけじゃない。」

 その言葉は重い。紗弥だって、好きで騙しているわけではない。

「…ありがとう。ありがたくいただく。とても嬉しい…です。」
「最後なんで敬語?」

 ぷはっと軽く笑うと少年のようだ。クールで切れ者。それが相島の評価だ。もちろん恋愛的な意味で人気も高いし、おそらくは同期の中でピカイチだろう。