そう思ってエルを見るとエルは少し離れたところを指さしていた。

「最後はあれに乗りません?」

 指さしていたのは観覧車だった。

「え…あれ?だってデートで観覧車って言ったら…。」

 てっぺんでキスって…。

 何度もされそうになりながらも、されないまま来てるけど。
 気にしないようにしても鼓動はどうしても早まってしまう。

「本当の時は観覧車なんてもってのほかです。男と密室なんて…。」

 また予行演習発言か…。

 そう思いつつエルは男と換算されないわけ?と苦笑した。

 チケットを買うとすぐに乗ることができた。まだ夕方になるくらいの時間帯ではカップルも乗る人が少なかった。

 きっと夜景がきれいな時間帯に乗るのだろう。そしてそのロマンチックな場面でこそ…。

 まぁ私たちには必要のない要素ってことよね。

 明るい時間帯でも遠くの景色が見えてきれいだった。

「ほら。エル!あの辺がアパートよ。すごい小さく見える。」

 はしゃぐ杏にエルは柔らかい笑顔を向けた。

「何よ。バカにしてるの?」

 そりゃ私らしくないけど、なんだか何か話してないと落ち着かないんだもの。

 ガタンと観覧車が揺れたと思ったら、エルが杏の方へ座る。

「ちょっと!片方に二人とも乗ったら傾いちゃうわ。」

「大丈夫ですよ。杏さん。こわいんですか?そんなところも可愛いです。」

 恥ずかしげもなくそう言ったエルが手を引いてぎゅっと抱き寄せた。

 また観覧車がガタンと揺れる。

 ちょっと!男と密室で抱き合うってどういうことよ!さっき自分で注意したことでしょ?
 と思いつつ、二人っきりのアパートのベッドにいて何もないんだから、今さらか…と苦笑した。

 エルの匂いがして胸がキュッと痛くなる。初めて抱き寄せられた時も感じた匂い。
 それに細身でもがっちりした腕。

 可愛いペット程度にしか思わなかったエルが男なんだと抱きしめられるたびに思い知らされる。
 今は可愛いペットなんて微塵も思えなくなってしまったけど。

 無言のまま抱きしめていたエルがボソボソっと口を開いた。
 その内容はショックなものだった。

「杏さんは僕がいなくなっても運命の人を見つけて幸せになってくださいね。」

 仕事だと、予行演習だと分かっていたけれど、心のどこかで他の何かをのぞんでいたのかもしれない。

 杏は決定的に突き付けられた最終通達にそのあとどうやってアパートに戻ったのかさえも覚えていなかった。

 気づいたらアパートのベッドの中だった。いつものように背中をくっつけているエルがボソボソと何かを言っている。

「杏さん。僕は杏さんの担当の天使で本当に幸せでした。本当です。だから…。」

 もういい。分かっている。これ以上、何も言わないで…。

 エルは何か言いたそうにして、言葉を飲み込む。
 そして明るい声で言った。

「僕は杏さんとデートができて幸せでした。こんなに幸せなことってないです。
 だから…必ず杏さんにも幸せになってもらえるように頑張ります。」

 私の幸せは…そう言いたくても言えずに杏は無理矢理に目をつぶった。