あまりさんののっぴきならない事情

 いや、ほんとすごい音だな、と思っていると、海里はあまりが鞄から引きずり出した防犯ブザーを慌てて止めていた。

 ドンドンと壁を叩く音がする。

 服部の部屋の方からだ。

 海里は壁まで行って、自分も壁を叩くと、服部に向かって叫んでいた。

「大丈夫だ。
 今のは、あまりがうっかり鳴らしただけだっ!」

 すぐに壁はしんとした。

 海里は戻ってきながら、
「あまり、すぐに引っ越せ。
 この壁、意外に薄いぞ」
と言う。

 そ、そうですか……。

 いや、薄いからと言って、特に引っ越さなければならない理由もないのですが、と思いながら、まだ防犯ブザーを握り締めていると、それをチラと見た海里が、

「気がそがれたな。
 呑み直すか」
と言ってくる。

 美しいソムリエのように、海里がワインをそそいでくれる。

 あまりは、気を落ち着けるため、それを一気に飲み干し、グラスを置いた。

「あー、流されるとこでした……」
と呟くと、

「いや、流されろ」
とやはり言われる。

「今更、抵抗する意味がわからん」
と海里は言う。