あまりさんののっぴきならない事情

 やはり、あまりを気にしていたのか。

 単に店員としての限界のスピードというか。

 走らない程度に急いでやってきたからか、その男もこらちを見た。

「か、海里さんっ。
 朝食食べられましたっ?」

「軽くな。
 どうした?」
と訊くと、

「い、いえ。
 でしたら、結構です」
と言って行こうとする。

「待て」
と逃げようとしたあまりの黒いエプロンの紐を思わず引っ張ると、解けてしまった。

 ああっ、と振り返ったあまりを見、
「……なんかこれもいいな」
と呟くと、はあ? と見られる。

 その紐をつかんだまま、
「浴衣の帯と一緒で、ご無体なって感じで」
と言うと、固まる。

 今、こういう話題は禁句だったな、と思いながら、
「結んでやろうか」
と言うと、

「け、結構です。
 お客様にそんなっ」
と言ってくる。

「いや、解いたのも、俺だから。
 それに、お前、どうせ、自分でやったら、縦結びになるタイプだろ」
と言うと、あまりは、うっ、と詰まった。