受付に並ぶ長い列を見て、私はそっとため息をついた。

「もう……大失態~~」

直の棋聖就位式は、都内にある聞いたことのないホテルで行われる。
ところが、聞いたことがないからって油断した自分を呪うほどに立派なところだった。
リゾートホテルらしく、窓の外にはライトアップされた大きなプールと、東京湾が広がっていて、残暑の陽光が水面にきらめく。
結婚式程度の気持ちでやってきた私の予想を遙かに超える豪華さだった。

さわやかな青い絨毯を踏む脚が、ふわふわと頼りない。
プラスチックのパールじゃなくて、地味ながら母からのお下がりの本真珠(極小粒)を選んだことだけは自分を褒めたい。
危うく場違いになるところだった。

格式に関しては将棋連盟と棋戦の主催者に由来するものだとしても、300人を越える人が直のために集まっているのだ。

私は三時まで仕事をして、着替えて美容院に行き、受付開始の六時少し過ぎに会場であるこのホテルに着いた。
ここに来て、ようやく気づいたのだ。

「あ……招待状忘れた」

絶対忘れないようにバッグに入れたのに、直前でバッグを変更したときに移し忘れたらしい。
家族でもなく、将棋関係者でもなく、招待状も持たない私は、受付を抜ける手段が何もなかった。
主役は忙しいらしく、直とは連絡がつかない。

とりあえず受付の列に並ぶものの、立場を証明する手段は何も浮かばなかった。
ハラハラしながら私の番になり、一応免許証を出してみたのだけど、案の定困った顔をされた。

「申し訳ございませんが、ご招待のない方をお入れするわけには参りません」

「あの、えっと、招待状を忘れてしまって……」

関係者には招待状を、一般のファンは事前に200人がインターネットで申し込んでいた。

「どちらかの関係者の方ですか?」

「あ、はい。有坂行直の……知人、です」

自分の立場の曖昧さを思い知らされる。
こんな公の場で『彼女』なんて単語は出せないし、言ったところで怪しまれるに違いない。

「お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「鈴本真織です」

「鈴本様ですね。少々こちらでお待ちいただけますか?」