「手合割(ハンデ)はどうしますか? 遠慮なく言ってください」

「角落ち……二枚落ち……。いや、やっぱり角落ちで!」

将棋ではハンデをつける時、上位の人間が駒の数を減らして戦う。
二枚落ちで角と飛車、四枚落ちは更に香車、六枚落ちだと更に桂馬を減らす。
直と戦う前におじちゃんは自分のプライドと戦った末、角だけ落として挑むようだ。

「ブラジルは四枚落ちでいいですか?」

直の正面に社長、右におじちゃん、左にブラジル。
本当に将棋(&囲碁)教室そのものだ。

「三人一度に相手するなんてできるの?」

「イベントでは十面指しくらい当たり前だから囲碁にさえ集中していれば平気」

十面指しというのは、十人がそれぞれ盤を並べて、棋士一人が一手ずつ移動しながら指していく形式のことだそうだ。
十もの盤面を把握して、ハンデがなければそれでも全部勝てるのだから、三人くらいお遊びだろう。

「有坂さん、すっかり馴染んでますよね」

真面目な頼子ちゃんだけは、昼休み終了後しっかり仕事に戻ってキーボードを叩いている。
直は真剣に社長との囲碁に取り組んでいるのに、おじちゃんが一手指すとチラリと一瞥してすぐに駒を進めて囲碁に戻る。
おじちゃんは、ううーと唸ってまたしばらく悩む。
今度はブラジルがペタッと指すと、すかさず一手指して囲碁に戻る、という構図がずっと続く。

「……馴染んでるね」

「なんとなくわかります。居心地いいんでしょうね。うちの会社って変人ばっかりだから」

社長とおじちゃんが変なのは認めるし、ブラジルもブラジル人だからってことではなくかなりおかしい人だ。

「そうかもね」

「失礼を承知で言いますけど、有坂さんも一般的にはかなり変わってるので、うちの会社は水が合うんじゃないかと」

この会社で唯一囲碁にも将棋にも興味がない頼子ちゃんは、全てを『変人』で片付けた。
容赦のない彼女の言葉で急に不安になる。

「わ、私も“変人”かな……?」

書類をトントンッとまとめて、頼子ちゃんは言い切った。

「変人を好きな人は変人です」

「…………」

「大丈夫です。その理屈で私も変人ですから」

大丈夫かどうかはともかく。

「え? 御曹司(極小粒)って変人なの?」

「あの社長の息子ですよ? まともなはずないじゃないですか」

働かずにボードゲームに打ち込む男たちを眺め、会社の未来が、そしてそこで働く自分の将来がものすごく不安になった。