対局に臨む姿勢も当然個人差があって、寄せては返す波の音さえ気になる人もいれば、人の怒鳴り声のただ中でも平気な人もいるらしい。
直は極端に緊張しないように、なるべくいつも通りの生活を心掛けているそうだ。
「だったら、いつも通り“普通”に過ごしたら?」
「今我慢する方が絶対対局に影響する。ずーっとモヤモヤしてるよりなら寝不足の方がマシ」
「寝不足……」
「明日は大事な対局だから、ちゃんと朝起こしてね」
信号待ちで一度立ち止まると、私が並ぶのを待って、歩くスピードを少し緩めてくれた。
「真織を見た第一感で『きっとこの人を好きになるだろうな』って思ったんだ」
「なーんだ。ただの直感だったの」
「直感は重要だよ。蓄積された経験や知識に基づいて、研ぎ澄まされた感覚で感じることなんだから」
冬枯れの街路樹はイチョウだろうかカエデだろうか。
眠るようなその枝の間を、半分の月が渡っていく。
「『棋士は一秒間で数百手読む』なんて言われることもあるけど、あれは数字上の話でね、実際は局面を見た瞬間にほとんどの手は捨てるんだ。二つか三つくらいに絞って考える。つまり、直感で何を捨てて何を選ぶのか、考える以前のその選択が命運を分けることがある」
直は突然立ち止まって、来た道を振り返った。
見つめる先には、駅がまだ小さく見える。
その明かりを見つめながら、突然話を変えた。
「一人暮らしを始めるときは、この駅の近くにしようって決めてた」
通りに並ぶのは、チェーンの牛丼屋さんやお弁当屋さん、コンビニ、オフィスビル。
これといった特徴のない街並みに、私は首をかしげた。
将棋会館のある千駄ヶ谷までは乗り換えなしで行けるけれど、やや遠い。
私も、武の実家がこの近くなので、学生時代は頻繁に来たけれど、彼が家を出てからはめったに来なくなった。
住むのに不便はないとは言え、わざわざ選ぶ理由がすぐには思い浮かばない、そんな駅だ。
「俺、四段昇段がかかった対局に向かう途中、具合悪くなってこの駅で降りたんだ。それで座り込んでぐったりしてたら、大学生くらいのお姉さんが『これどうぞ』って水を買ってくれた」
奨励会の対局は一日に二局指す。
全部で十八戦するのだけど、直は11勝3敗から、パタパタと連敗したらしい。
11勝5敗で迎えた最終日。
勝たなければ昇段は不可能だった。
直は当時高校二年生。
ちょうどプロ棋士七人を破って注目された時期で、プレッシャーもあったのかもしれない。
直は極端に緊張しないように、なるべくいつも通りの生活を心掛けているそうだ。
「だったら、いつも通り“普通”に過ごしたら?」
「今我慢する方が絶対対局に影響する。ずーっとモヤモヤしてるよりなら寝不足の方がマシ」
「寝不足……」
「明日は大事な対局だから、ちゃんと朝起こしてね」
信号待ちで一度立ち止まると、私が並ぶのを待って、歩くスピードを少し緩めてくれた。
「真織を見た第一感で『きっとこの人を好きになるだろうな』って思ったんだ」
「なーんだ。ただの直感だったの」
「直感は重要だよ。蓄積された経験や知識に基づいて、研ぎ澄まされた感覚で感じることなんだから」
冬枯れの街路樹はイチョウだろうかカエデだろうか。
眠るようなその枝の間を、半分の月が渡っていく。
「『棋士は一秒間で数百手読む』なんて言われることもあるけど、あれは数字上の話でね、実際は局面を見た瞬間にほとんどの手は捨てるんだ。二つか三つくらいに絞って考える。つまり、直感で何を捨てて何を選ぶのか、考える以前のその選択が命運を分けることがある」
直は突然立ち止まって、来た道を振り返った。
見つめる先には、駅がまだ小さく見える。
その明かりを見つめながら、突然話を変えた。
「一人暮らしを始めるときは、この駅の近くにしようって決めてた」
通りに並ぶのは、チェーンの牛丼屋さんやお弁当屋さん、コンビニ、オフィスビル。
これといった特徴のない街並みに、私は首をかしげた。
将棋会館のある千駄ヶ谷までは乗り換えなしで行けるけれど、やや遠い。
私も、武の実家がこの近くなので、学生時代は頻繁に来たけれど、彼が家を出てからはめったに来なくなった。
住むのに不便はないとは言え、わざわざ選ぶ理由がすぐには思い浮かばない、そんな駅だ。
「俺、四段昇段がかかった対局に向かう途中、具合悪くなってこの駅で降りたんだ。それで座り込んでぐったりしてたら、大学生くらいのお姉さんが『これどうぞ』って水を買ってくれた」
奨励会の対局は一日に二局指す。
全部で十八戦するのだけど、直は11勝3敗から、パタパタと連敗したらしい。
11勝5敗で迎えた最終日。
勝たなければ昇段は不可能だった。
直は当時高校二年生。
ちょうどプロ棋士七人を破って注目された時期で、プレッシャーもあったのかもしれない。



