よくかき混ぜてください、と書いてあるので、カップ春雨をひたすらかき混ぜながら考えた。

「……なんかの営業だったよ。食品関係」

「ほら、その程度の理解で十分なんですよ。むしろ将棋してるって方がわかりやすいじゃないですか。たかだか将棋くらい、どーんと受け入れてください。好きなら振られるまで付き合えばいいじゃないですか」

「そこが一番自信ない。もう振られたのかも」

私から連絡していないことは置いておくとして、直から連絡が来ない理由は、そういうことではないかと思い始めている。

「それはないと思う」

当事者でもないおじちゃんが自信たっぷりに言い切った。

「なんでおじちゃんにわかるの?」

「実はさ、日曜日に将棋イベントがあって行ってきたんだ。有坂先生も来ててサインもらってきた」

棋士のサインは、毛筆で『一歩千金』や『新手一生』など、座右の銘みたいなものを揮毫する。
直の部屋に大量にあった色紙も、そのためのものだ。
おじちゃんはカバンをごそごそ探って、もらった色紙を取り出した。

「『うちの鈴本がお世話になってます』って挨拶したら『ああ、“おじちゃん”ですね!』って言って、二枚書いてくれたんだ。それがこれ」

差し出された色紙を見て、声が出なくなった。
ひとつはよく揮毫しているらしい『直進』。
そしてもうひとつ……。

「ニッコリ笑って『お願いします』って渡されて、こっちが真っ赤になっちゃった」

色紙にはお手本みたいにきれいな字で、

『真っ直ぐ 共に  七段 有坂行直』

と書いてあった。
『直進』に込められた力強さとは違う、染み入るようなやさしさが感じられる文字。

「別れるならともかく、仲直りするなら今日中に決着つけてあげるべきだよ。明日有坂先生は順位戦だから。昇級もかかってるから絶対負けられない。彼らにとって対局がいかに大事か少しはわかってきたんだろ?」

「……私とのことなんて、直の将棋に影響ないでしょ」

「ある。鈴本の応援があれば勝てる、なんてロマンチックな話じゃなくて、余計な負担はかけるなってこと。実力が拮抗してるから、少しのことで結果が変わることがあるんだよ。人生懸けて対局してる人の、脚を引っ張るようなことするべきじゃない」

「…………」

「ちゃんと仲を取り持ったんだから、一回くらい指導してって伝えて」

『真っ直ぐ 共に』が私の手に押しつけられた。
文字の通り真っ直ぐに、墨と紙の香りが立ち上ぼりそうなほど鮮やかに心に迫る。

「私と直の間に『っ』が入り込んでる」

文句でもつけないと泣き出しそうでそう言ったのに、きっと隠し切れていなかった。