「よくわかったね」

「あれだけ将棋将棋って騒いでたのに、全然話題にしなくなったからな。有坂先生、この前は勝ったみたいだよ」

「うん。よかった」

食欲がなくて適当に買ったカップ春雨にお湯を注ぐ。

「直には私なんて必要ないんだよ。ひとりで何でも背負えるんだから」

「むしろ彼女がいないと生きていけない男の人なんて、私は嫌ですけどね」

社長とソファーを追い出してスッキリした頼子ちゃんも、ポテトサラダの彩り鮮やかな高女子力弁当を広げた。

「それはそうだけど、でも相手の世界を全く理解できないなんて情けなくない? お互い助け合って生きたいじゃない」

最初から棋士だって知っていたら、将棋込みで彼を好きになっていたら、違っていたのかもしれない。
だけど、もう戻れないところまで深く好きになって、それで彼の根幹を為す部分をまるで知らなかったなんて、とてもショックだった。
私は何を見て好きになったのかなって、私の知っている『有坂行直』って何だったのかなって。

喜びは二倍に、悲しみは半分に。
それが理想だと思うのに、喜びも悲しみも理解できないなら分かち合えない。
そして分かち合えないものが、この世には確かに存在するのだ。

「理解できなくても一緒にいられる真織さんだから、有坂さんはよかったんじゃないですか?」

「そうかな? もっとお互いを高め合っていける関係の方がよくない? 上を目指す人なんだから」

げんなりした顔で頼子ちゃんは目を細める。

「でもそういう人たちって、結局『お互いよりよい関係になるために』とか言って別れそう」

「……そうかも」

「高め合ったら別れちゃうと思います」

言い切って、ポップなアイスクリームみたいにかわいいポテトサラダを、ひどく無造作に口に放り込んだ。
それを聞いたおじちゃんも深々とうなずいている。

「プロ棋士がみんな女流棋士と結婚してるかっていうと、むしろ少ないと思うぞ。棋士の夫婦でも、わかってくれる良さもあれば、わかってるからこそ面倒な部分もあるって言うし。高め合ったらすり減るんじゃないかな」

「真織さん、前の彼氏さんの仕事はわかってたんですか?」