私は入社一週間で諦めたけど、頼子ちゃんは体力気力ともによく続く。

「なんでまた拾って来たんですか!」

「鈴本さんのイス壊れてるでしょ? ちょうどいいかなって思ってさ」

確かに私のイスは壊れている。
座面の高さを調節するネジが甘くなっていて、ストンと一番低い位置に落ちることがあるのだ。
一番下まで下がると机との高さが合わなくて、ひどく疲れる。
座る瞬間さえ気を使えばなんとかなるので、騙し騙し使っているが、ついつい忘れて日に一度はドスッと体重を掛けてしまい、ストンと落ちる仕末だった。

「全然ちょうどよくないです! これソファーじゃないですか!」

「仕事の疲れが癒されるでしょ?」

社長は自慢気に黒ずんだ若草色の背もたれを撫でるけれど、さすがに事務机にソファーで仕事するのは難しい。
壊れたイスから腰を上げることなく、少し離れたところにいる社長に呼び掛けた。

「社長、私を気遣ってくれるお気持ちはありがたく受け取りますが、懸案である高さが全っ然足りてませーん」

「せっかく持ってきたのに……」

しょぼくれた社長の背中に頼子ちゃんがトドメを刺しにかかる。

「昔と今は違うんです! ゴミだからって勝手に持ってくるのは犯罪です!」

“犯罪”という単語にひるんだ社長はとうとう言い返せなくなり、しぶしぶソファーに手をかける。
すると、ブラジルがサッと反対側に回って手伝った。
ふたりが事務所からいなくなって、一気に室内が広くなる。

そんなやりとりを半分目を閉じて眺めていたおじちゃんと私も、ようやく自分の昼ご飯に手をつけ始める……っ! 油断したらイスが下がった。

「ところで鈴本、最近有坂先生とうまく行ってないのか?」

直とはあの中華料理店以来、ひと月以上全く連絡を取っていない。
毎日来ていた他愛ないメッセージも、パタリと途絶えている。
別れたいわけではないのに、どうしたらいいのかわからない。

将棋がわからないことに変わりはなく、「わからないけどやっぱり彼女はやめませーん」と会いに行っていいものなのか躊躇われて。
何より、直の大事なものを否定する形になり、すっかり嫌われてしまったんじゃないかと怖いのだ。
会いに行って別の女性がいたら、「何しに来たの?」って冷たく言われたら、想像しただけで視界が潤む。