何度かその持ち方でやってみるものの、どうにも不安定で直みたいにきれいな手つきにはならない。

「なんだかどんどん音が悪くなる。ブレずにスパッと置ければ直みたいないい音するのかな?」

駒を動かす直の手つきは、無造作なほど自然体なのにうつくしい。
肩から指先まで真っ直ぐに伸びて、揺らぐこともなかった。

「は? 有坂先生みたいな音目指してんの? なんて図々しい。あの人たち何億回駒持ってると思うんだよ。絶対無理無理!」

おじちゃんは鼻で笑ったあと、ふと真顔になった。

「俺の甥っ子、卵アレルギーだったんだよ。もう治ったけど」

「はあ……」

突然何の話をするかと思ったが、おじちゃんが妙に真剣だから言えなかった。

「三歳くらいの時にびっくりしたことがあって、粉薬をさ、こうやって自分ひとりで上手に飲むんだよ。袋を開けて、口に薬を入れて、水でゴクンッて。なんだかその動作だけ妙に大人びてて印象的だった」

思い描くようにおじちゃんは宙を見上げ、古びたイスがギシッと鳴った。

「生後半年から毎食前に飲んでるんだって。一日三回。人生の大半をそうやって薬飲んできたわけ。板についた動作は、それだけ人生に寄り添ってきた動きだってことなんだよ」

つまり、直や他のプロ棋士の動きも、人生の大半を懸けてきた動きだという意味だろう。
箸を持つよりずっと多く、呼吸するのと同じくらい、直は駒に触れてきたということか。

「プロ棋士になるって大変なの?」

奨励会というところを出れば、プロになれるらしい。
それしかわからない私は、専門学校のようなイメージを持っていたのだけど、おじちゃんは質問を返してきた。

「鈴本、年間で何人がプロ棋士になれると思う?」

「え! 人数制限があるの?」

おじちゃんは重々しくうなずいた。

……プロ野球選手よりは絶対少ないはずだ。
野球選手って何人くらいなれるんだろう。
球団がだいたい十球団くらいあったはずで、ドラフト十位って聞いたことないから一球団につき七~八人くらい取るのかな。
じゃあ八十人くらいとしよう。
それよりはずっと少ないはずだから……

「十人くらい?」

少な過ぎたかな、って二十人に変えようと思った途端、

「不正解。四人」

とびっくりする数字に訂正された。

「四人!? たったそれだけ!?」

「三段リーグっていって奨励会三段が半年間リーグ戦で十八局対局する。それで上位二名が四段に昇段してプロになる。半年で二名だから年間四名。それしかなれない(別規定あり)」

「………………」