こんな時に限って私も実家で法事があったりして、直とはすれ違いが続いていた。

プロ棋士だとわかってしまえば、公に発表されている対局やイベントの予定はすぐに調べられる。
直は今週末大阪で対局をして、そのまま関西方面のイベントに出演するようで、週末は『出張』の予定だそうだ。

一度タイミングを逃してしまうと言い出すことができず、例え直がどこで何をしているのか知っていても、それを話題にはできない。
今も中継サイトで解説(中継される対局において、盤面を示しながら将棋の解説をする)の仕事をしていて、女流棋士とふたりで大盤(解説用の大きな将棋盤)の前に立っている。

『有坂先生、この後ですけど……』

『この後は、同歩と取って、同銀』

『金じゃなくて銀で取るんですね?』

『同金と取った場合、7三角打ちが痛くて━━━━━』

日本語しか話していないのに、私にはひとつも理解できない。
直は女流棋士と笑い合ったりしながら、マグネット式の大きな駒を動かす。
駒を取って盤外に貼り付けるときには、女流棋士に手渡していて、彼女はとても慣れた様子で直の解説のサポートをしていた。
まだ若い直よりさらに若く、白地にブルーの花柄スカートの揺れさえも瑞々しい。

わかってる。
これは仕事なんだから、お互いに他意はない。
仕事仲間に女性がいたのは意外だったけど、会社員だったら当たり前のことだし、いちいち嫉妬なんてしない。
だけど、彼女ならばわかるのだ。
直の仕事も想いも辛さも喜びも。

対局している人たちは相変わらず静止画のようだけれど、ときどき直と同じように駒を掴んでパチリと置く。
似たような音はするけれど、強さだったり早さだったり微妙に違うせいで、わずかながら音も違うように聞こえる。

ざわつく気持ちを静めるためにひとつ深呼吸してから、私もおじちゃんの駒を置いてみる。
が、相変わらずベチッという無味乾燥な音しかしなかった。

「直の駒はもっといい音するのになあ」

「そりゃ駒じゃなくて指す人の問題だよ。そもそも持ち方が違う」

「駒の持ち方なんてあるの?」

おじちゃんは真ん中三本の指で駒を摘み上げる。

「こうやって人差し指と薬指で摘んで中指を添える。それで持ち上げたら中指と人差し指で挟むように持ち換えて……こう!」

パチッ!

「へええええ! なんか難しいことしてるんだね。でも確かに、手の形が独特な理由がわかった」

画面の中の棋士も、指したあと中指でチョンチョンと駒の位置を直している。
ピンと伸ばされた指はスラリと長く、やはりとてもきれいだった。