「ちなみに一段の差ってどのくらいあるの?」

「昇段するには色々規定があるけど、十年以上かかる人もざらにいる。というか、七段なんて生涯上がれずに辞めていく人もたくさんいる。有坂先生って二十六、七歳じゃなかったっけ? プロ入りは高校生だったはずだから十七歳とか十八歳くらいか。一般人の基準から言うと化け物だよ」

おじちゃんの口から語られる有坂行直の経歴は私の知らないものばかり。
私の話に涙を流して笑ったり、おいしそうにハンバーグを食べる姿といまいち重ならない。

「有坂が話題になったのは奨励会三段のときで━━━━━」

「奨励会?」

「将棋のプロ棋士は奨励会(新進棋士奨励会)っていう養成機関を出なきゃいけないんだ。基本的には誰か師匠についてもらって試験を受けて、大体は6級で入会する。それで勝ち進んで段位を上げて行くんだけど、プロと認定されるのは四段から。三段まではまあいわばセミプロ」

「ふーん」

ということは、「まあまあ強い」都道府県代表を争えるくらいのおじちゃんが、九つ級や段を上がってようやくプロになれるらしい。
これまで“プロ”と名乗る人とご縁のなかった私が思い浮かべた“プロ”は、パチンコで生計を立てている人で、将棋で生活している人がいることさえ考えたことがない。

「有坂が三段のとき神宮寺リゾート杯将棋王大会が新設されて、その棋戦に一名だけ設けられた“奨励会枠”での出場を、当時高校生の有坂が勝ち取った。それでプロ相手に七連勝したんだ。しかもそのうち三人はA級と現役のタイトルホルダーだったから一躍有名になった。まあ、準決勝で敗退したけど」

「三段がプロに勝つってすごいの?」

「プロにもよるけど、現役のタイトルホルダーなら、場合によっては駒落ち(上位者が駒を減らすハンデ戦)でもいいくらい差があるんじゃないかな」

多分、すごいことなのだろう。
タイトルホルダーとは、つまりはトップということだ。
高校生の直はトップに勝てるほど将棋が強かったのか。

ぼんやりしたまま口に運んだおにぎりは、表面がパサパサと乾き始めていた。