新たな年を迎え、引き締まるどころか今年も年末まで正月気分が抜けそうもない職場に、ビチッ、ビチッ、と妙な音が響く。

「おかしいなあ。もっときれいな音だったんだけど。この駒安いんじゃない?」

ビチッ!
将棋盤の真ん中に王将を、さっきより強めに叩きつけてみた。
すると音に変化はなかったけれど、おじちゃんの顔が青く変化した。

「おいおい、やめろって! これそれなりに高級品なんだよ。黄楊の彫埋駒だぞ!」

「そんなこと言われてもわからないもん」

「安い駒はプラスチック製だけど、これは本物の黄楊でできてる。しかも彫埋駒って言って、ただ彫っただけじゃなくて彫ったところに漆を入れて表面が平らになるように仕上げてるんだ!」

「ふーん」

ビチッ!

「あああああ! もうダメ! お前には貸さない!」

「何よケチ! 私の彼氏なんて気前良くドミノも将棋崩しもさせてくれたよ? しかも駒五セット分で」

中にはプラスチック製のも、なんだか古くさいやつも含まれていたけれど、直が日常的に使っていた駒は高そうだったから、それなりの値段がしたのかもしれない。
あの駒だったら直みたいにきれいなパチンッて音がするのだろうか。

「鈴本の彼氏って将棋指すの?」

「そうみたい。部屋にすごく立派な将棋盤あったよ。テーブルみたいなやつ」

「脚付き持ってるなんてなかなか本気だな。よかったら今度教えてやるって伝えて」

私が結婚を考えようが、別れようが、武には何の興味も示さなかったくせに、直が将棋を指すって知ったら急に食いついてきた。

「『教えてやる』っておじちゃん将棋強いの?」

「はあ? 俺、アマ四段持ってるんだぞ」

「それってどのくらい強いの?」

「若い頃地元では県代表争ったこともある」

おじちゃんは駒を磨く手を止めずに胸を反らした。
将棋人口が少ないだけじゃないかと思うけど、県代表と言うのだからそれなりに強いのだろう。

「彼氏は段持ち? 級?」

箱に戻した駒は、私の手の届かないところにしまわれた。
安心したように、おじちゃんはお弁当の続きを食べ始める。

「知らなーい。聞いてみる」

直の仕事は時間も不規則らしいので、電話はあまりしない。
『直って将棋何段? それとも何級?』とメッセージを送信したけれど、返信は遅いときだと翌日になる。

駒で遊ぶのは諦めて、ふりかけを混ぜ込んだおにぎりをパクついてると、今回はほどなくして『七段』とごくシンプルな返事があった。
今日は休みらしい。