帰りのタクシーの中ではお互いずっと黙っていた。
やましいことは何もないけれど、運転手さんがいると少し話しにくい。
普段は電車と徒歩で移動しているから、この距離での沈黙は息苦しかった。
そっと見上げた直の顔は街に溢れる光が逆光となって、いつも以上に感情がわからない。
不安になって見つめていると、安心させるようにふわんと笑ってくれた。

今、ものすごくキスがしたい。

私の気持ちの濃度に反応したように、直の瞳の色も深くなった。

その目の奥を、もっともっと近くで見たい。

私と直の間に流れる空気の密度が変わった瞬間、直はふっと窓の外を向いてしまった。
狭いはずのタクシーの中で、急に遠くなる。

込み上げる何かを堪えるために俯くと、視界に直の手が入った。
駒を持つきれいな右手。
こうして一緒に帰るのは何度もあったことなのに、一度も手を繋いだことがない。
とても近いのに、少しフラついてもぶつからない程度には距離がある。
少し効きすぎたエアコンの熱い風が、私と直の間を悠々と抜けていく。

せめてその手に触れたくて、中指を反らすようにして伸ばすものの、すぐに力が抜けてしまう。
もう一度指を伸ばしても、どんな魔法がかかっているのか決して私の言うことを聞いてくれない。
そんな不毛な葛藤を繰り返しているうちに、私のマンションに着いてしまった。


「真織さん、これ」

別れ際になって、ラッピングも何もされていない紙袋を渡された。

「一応クリスマスプレゼント。何を贈ったら喜ばれるかわからないから、気に入らないかもしれないけど」

「ありがとう。……直もクリスマスは知ってるんだね」

「さすがに知ってるよ。でも言ったら警戒されるかな、と思って」

「なにそれ」 

私も小さな包みを押し付けるように渡す。
無駄になるかと思っても用意したプレゼントだ。
深い緑色のリボンをやさしく撫でて、直はにっこりと笑った。

「ありがとう」