「真織さんは将棋指せる?」

「私? 全っ然! この読み方すら知らないもん」

『香車』と書かれた小さな駒を一つ摘んで見せる。

「ああ、それは『きょうしゃ』」

「そうなの? 『かしゃ』かと思ってた」

「『香料』の『香』らしいよ。当時貴重だったものから名前つけたんだって。『金』『銀』『玉』『香料』。その様子だとルールも知らないでしょ?」

「うん。私が将棋でできるのなんて……これくらい」

数枚駒を立てて指でチョンッと押すと、パタタタタときれいに倒れた。

「この駒、倒れる時いい音するね! すごい! 久しぶりにやったら気持ちいい」

ちょっと感動して直に笑顔を向けると、なんだか床をのたうち回って笑い転げていた。

「あははははは! そ、そんなに楽しいならまだ駒あるから全部並べてみようか」

ヒイヒイ笑いながら直はクローゼットから駒を出してきた。
その数一、二、三……五セット!

「なんでこんなにあるの?」

「集めてるわけじゃないから多い方じゃないよ。昔使ってたやつとか、いただいたやつとか。はい、全部使って」

言われるままに出してみる。
駒は一セット四十枚らしいのだけど、中には予備で一、二枚多く入っているものもあって、五セット全部だと二百五枚。

「これはいい音がするから将棋盤の上に並べたい」

「じゃあ、盤から床に続くようにこっちの方に延ばして行こう」

「え! 将棋盤もふたつあるの? じゃあこれも使う」

「何かで橋を作って繋げたらいいかも」

「この駒……ちょっと不安定で立たせるの難しいな。倒れても被害が少なくて済むように途中途中に衝立置いておくね」

「せっかくだから間にギミック挟む?」

「ギミック?」

「例えば……」

直は周りを見渡して数冊の本を持ってくる。

「本でこうやって階段を作って、そこを下るようにする、とか」

「わーいいね! 楽しそう!」

山と積まれた駒の中から直はスッと一つ取って並べる。
また一つ取って並べる。
目の前で繰り返されるその動作に釘付けになった。
それは流れるように自然で美しい動きだったのだ。
直が駒を取るというよりも、駒が直の手に吸い寄せられていくみたい。
直の視線は並んでいく駒の方に向いていて、取る手は見ていない。
スッ、スッ、というその動きは無意識のものらしい。
同じように持とうとしても、私だと駒に嫌われているのか簡単に掴めない。
掴んでも特段美しくない。
おじちゃんが駒を持っているところを見たことないけれど、将棋を指す人ってみんなこんな風なのだろうか。
ついボーッと見とれてしまって、慌てて作業に戻る。