ゴミ箱を倒されて、中の紙くずが散らばった。
ため息しか出ない私の代わりに、頼子ちゃんがしっかりクレームをつける。

「これじゃあ仕事になりません!」

「……倉庫の方に連れていくよ」

「商品に匂いでもついたらどうするんですか! ご自宅に連れて帰ってください!」

「うちにはネコが三匹いるし、定期的に通ってくるノラも含めるともっと……」

社長、今度は犬を拾って来たのだ。
知らない場所でパニックになっているのか、あちこち走り回っている。
散らばった紙くずを拾い集めて、ゴミ箱ごとソファーの上に避難した私も、頼子ちゃんの味方に回った。

「どっちみちここでは飼えないんですから、飼い主見つかるまでは社長が連れ帰るしかないですよ」

物なら増えても、捨てて来い! って言えるけど、生き物はできない。
人間たちが言い合いしている間も、犬は好き勝手に動き回っていてゆっくり座ることさえできないのだ。

事務所は騒がしいけど倉庫は無事なのに、おじちゃんはどさくさに紛れて将棋を観ている。
今日は竜王戦の第六局が北海道であるとかなんとか。
このドタドタもものともしない集中力を発揮して、パソコン画面に食い入っている。

混沌とする社内に頭を抱えていると、ポケットで携帯が震えた。

『カニは好き?』

直からの唐突なメッセージだった。
一応仕事中だけど、私もこの混乱に乗じて返信する。

『大好き!』

『お土産に買って帰るから、明後日家に届けるね』

カニは大好きだけどご縁はオブラートより薄い。
カニってどんなカニ?

『缶詰め?』

『生だよ』

嬉しいけど調理方法知らないし、好きだからって家で一人で食べるのは寂しい。
ひとり黙々とカニの身をほじくる独身女の姿を想像してみてください。
カニという食材の豪華さが、寂しさを一層引き立てます。
カニの濃厚なうまみとともに、じんわり広がる悲しさ。
カニを噛み締めているのか、込み上げる涙を噛み締めているのか……。

『明後日は私が直の家に行くから一緒に食べようよ』

了解、というメッセージを確認して、再び携帯をポケットにしまう。

「きゃあ!」

犬を避けた頼子ちゃんの肘が当たって、積んでいたバインダーが雪崩を起こした。