どんなに待ち時間が長くても、買ったクレープの味がいまいちでも、少女趣味な買い物に付き合わされても、直は不機嫌になったりしない。
退屈そうにため息をついたりもしない。

「あ、本当においしい!」

ムースの味はやはり普通だったけれど、どういうわけか心踊るようなときめきがあった。

「ここのレストランって高いと思ったけど、食材や味だけを提供するわけじゃないんだもんね」

「それはそうだよ」

キャラクターの模様がさりげなく入ったコーヒーカップ越しに、直はゆったりと微笑んだ。

「むしろ形に残らないものほど貴重なんだから」

どんなに焼き付けても、この瞬間も気持ちも、いつか忘れてしまうのだろう。
だから私もイチゴムースとともに噛み締めて、笑顔を返した。

せっかくだから閉園ギリギリまでいたいところだったのに、足の裏全体が痛くて、花壇の縁に座ったまま動けなくなっていた。

「直は平気なの?」

靴を脱いでふくらはぎをさする私の隣で、直もぐったり背中をまるめる。

「……実は限界。普段の運動不足が祟って」

久し振りに来た夢の国から離れがたいし、せっかくだから夕食も楽しみたかったし、もう少しだけ直と一緒にいたかった。
引きずるような足取りでも帰らずにいるのは、そんな未練があるからだ。

「また来ようよ。何回でも」

これが最後じゃない。気持ちを汲んでくれたその言葉で、私は素直に立ち上がることができた。

「だったらもっと体力つけなきゃ」

街灯のひとつひとつにもリースが飾られていて、ゴールドのリボンがオレンジ色の光で輝きを増している。
日が落ちてもムード優先で抑えられた明かりの中、たくさんの人を避けながら歩くのは大変だった。
直との間に一人入られた途端、人の流れが変わったように飲み込まれてしまい、平均的な身長の直は瞬時に見えなくなった。
ここは電話で連絡を取り合って、改めてどこかで待ち合わせた方がいいだろうとバッグをごそごそ探っていると、その手首が掴まれた。

「ごめん」

小さくそう言って、直は私の手首を引いて歩く。
なるべく力を込めないように、やさしく、やさしく。
厚手のカーディガン越しでは直の体温はおろか手の感触さえ不確かで、わずかに指の気配がするばかり。

どんなに屈託ない時間の後でも、直はいつも細心の注意を払って私と距離を取る。
だから、直の考えていることが、有坂行直という人が、私にはよくわからない。

人混みを抜けるとすぐに手は離された。
風が一層冷たく抜ける。

寂しいと伝える勇気が私にはなかった。
だからカーディガン越しの指の感触を、蜃気楼の中に真実を探すような気持ちで思い出していた。