頼子ちゃんは、実はうちの社長の息子(こんな会社でも一応御曹司って言うのかな? “御曹司(極小粒)”としておこう)と付き合っている。
彼は大手の貿易会社で営業として活躍しており、私の勝手な予想だと手取りなら社長より稼いでいるんじゃないかと思う。

社長を訪ねてやってきた彼が、入社間もなかった頼子ちゃんのかわいらしい外見と高女子力に一目惚れし、培った営業力を駆使して自分を売り込んだのだ。
将来は頼子ちゃんと手に手を取り合ってこの会社を盛り立てて欲しい、というのは、結婚も吹き飛んで定年まで辞めるつもりのない一社員の希望だ。
ちなみにふたりが付き合っていることを社長は知らない。

「真織さんは彼と会わないんですか?」

「うん。明日約束してるから金曜日はないと思う」

「あれ? 彼氏さんに会うのって、いつも週末じゃありませんでした? 明日は水曜日ですよね?」

一連の出来事を隠してるつもりはないのだけれど、曖昧過ぎて話していなかった。

「それ前の彼氏。今は違う人と付き合ってる、一応」

『一応』と付けずにいられなかったのは、本当は付き合ってないんじゃないかと、私自身疑っているからだった。

「ええー! そうなんですか? 前の彼氏さんとは長かったから、てっきり結婚するものだと思ってました!」

うん、私も!

「なんかいろいろあってね」

これほどまでに現状をまとめる言葉はないだろう。
そう、「なんかいろいろ」だ。

「今の彼氏さんは土日休みじゃないんですか?」

「そうみたい。平日に今日は休みって言ってることが多いから」

「何のお仕事されてるんですか?」

言われてハタと気付いた。

「あれ? 何だろう? ちゃんと聞いたことなかったな。正社員じゃないって言ってたから、勝手にフリーターだと思ってた」

しっかり者の頼子ちゃんからすると信じられないことのようで、おいしそうな手作り弁当越しに遠慮のない呆れ顔を送ってくる。
でもちゃんと働いてくれさえすればどうでもいい。
武の仕事だって結局よく知らなかったし。

直は無口というわけではないのだけど、何でも楽しそうに聞いてくれるせいで、ついつい私がしゃべりすぎてしまう。
そのためか、彼についての情報は全然増えていかない。

「そういえば、『先生』って呼ばれてたな」