社長が今度は扇風機を拾ってきたので、恒例となっている頼子ちゃんとの応酬が、また元気に始まった。

「社長! ゴミを拾ってきちゃダメって言ってるじゃないですか!」

「これはゴミじゃない。リサイクルショップに持ち込もうとして重くて困ってたおばあさんから、道の途中で譲ってもらったんだ~。『捨てる神あれば拾う神あり』むしろ神に等しい行為だよ」

「では私は『捨てる神』になります。事務所は狭いんですから」

「待って! ちゃんと動くんだから!」

『神』の懇願により、事務所内に強風が吹き荒れる。

「ほらほら! 次の夏は涼しくなりそうだねえ」

「真織さーん」

しつこかった残暑もすっかり鳴りをひそめ、ショールが手放せなくなってきたというのに、社長は気持ち良さそうに強風にあおられている。
社長が吹き飛ばされるのは構わないけれど、書類が舞うのは困る。

「まあまあ、今回は問題なさそうだから見逃してあげたら? エアコンも最近変な音するし、もしかしたらその扇風機に救われる日がくるかもしれないよ」

フォローを入れつつ、バチンと強めの音をさせて扇風機を止めた。
バサバサ言っていた壁のカレンダーも落ち着きを取り戻す。

「鈴本さん、わかってるねえ」

うちの社長はよく変な物を拾ってくるのだけど、今回はちゃんと使えるだけマシだと思う。

「あ、お昼だ! 頼子ちゃん、コーヒーは私が淹れるから機嫌直して」

「すみません。ありがとうございます」

私が勤めている(株)Tachikiは小さな小さな貿易会社で、中国から爪楊枝を輸入している。

そこで私は商品の検品(輸入品には粗悪品や虫なんかが混ざっていることもあって、ぜーんぶ確認します)、営業を兼務している社長が取ってきた契約関係の雑務など、こまごまとした仕事を一手に引き受けている。
というのも、従業員は社長を含めても片手で足りるほど少ないのだ。
社長と私、経理の風見頼子ちゃん、出荷全般を担当しているおじちゃん。
ここに明日からアルバイトがひとり加わる予定だけど、それでも五名だ。

おじちゃんは社長の友人で同い年の五十代。
この会社設立時から一緒に働いている。
営業で外回りが多い社長に代わって、副社長業も兼務しているのだけど、ゆる過ぎる社風に流されて敬語は入社ひと月ですっかり取れてしまった。