「結婚してください」

未来を見据えた結果、気が遠くなったので、欲しい言葉は自分で言った。
すでに長期スパンで挑む気になっていたのか、直はすごく意外そうな顔をする。

「え? いいの?」

「いいも何も。直以外なんて考えられないもん」

直にとって私が最良の相手かどうかはともかく、私には直しかいない。
もし今直が血迷っているならば、目が覚める前に入籍してしまいたい。
それでいいから側にいてほしい。

私の気持ちが通じたのか、直は真剣な表情で私を見た。

「悪いんだけど、俺は真織の人生に合わせてあげられない。一緒に生きるなら、俺に合わせてもらうしかないし、嫌なら俺から離れる権利が真織にはある」

と、一応言ったものの、すぐ考え直したらしい。

「権利としてあるにはあるけど……俺に将棋で勝たなきゃ認めない」

私の気持ちを慮っているようで、全然譲歩のない言葉に、ついついまた素直が消え去っていく。

「……手合割は?」

「当然、平手(ハンデなし)だよ。いや、先手くらいは譲ってあげる」

「油断してたら、そのうちうっかり勝つかもよ?」

「そのうちっていつ?」

「直がおじいちゃんになって、飛車とハンバーグの区別がつかなくなったら……勝てる……かも」

直は満足気な明るい笑顔を見せる。

「じゃあ、飛車とハンバーグの区別がつかなくなるまで一緒にいてね。約束」

うつくしい右手が差し出されたので、私もその手を取った。
百戦しようが、一万戦しようが、きっとこの人には敵わないのだろう。
将棋も、それ以外も。