「随分酔ってるね」

「うん。おいしかったよ。……私がいたの知ってたんだ」

「会場に入ってすぐわかった」

目が合った記憶がないから、知らないのだと思ってた。

「マンゴープリン三つ食べてたのも、いつもよりお酒飲み過ぎてたのも知ってる」

「それは知らなくていい。あれ? 式は?」

もう終盤とは言っても終わったわけじゃない。
主役が抜けられるはずもないのに。

「トイレって言ってある。だからあんまり時間ない。これ、持って帰って」

バサリと大きな花束を押し付けられて、目の前が色でいっぱいになる。
ピンクと紫のトルコキキョウに目を奪われていると、花束ごと抱き寄せられ、やさしい手が少しほつれた私の髪の毛をスルリと耳に掛けた。
花束で人目を隠すようにして、しっとりと唇を合わせたら、花の香りが強くなったように感じられる。
化粧直しをしていなくてほとんど取れていたリップは、直によって完全に摘み取られてしまった。

「来てくれてありがとう」

ほとんど口移しの言葉は、酔った身体をさらに酩酊させていく。

「おめでとう。すっごく格好良かった」

「ありがとう。それが一番嬉しい」

多分、半分本当で半分嘘。
本当に嬉しいのはもらう言葉じゃなくて、自分で獲得した栄誉だ。
それは誰とも分けることのできない、直だけのもの。
だけど今、一瞬だけ、この人は私だけのもの。

「気を付けて帰って」と私の頭を一撫でして、直はまた走って戻って行った。
その背中の向こう、大きな窓の外に広がる東京湾の夜景が、さっきより輝いて見える。
だけど私はごちそうとお酒と花の香りと、何より直の手とキスのせいでフラフラになってしまって、乗り込んだエレベーターの中にヘナヘナと崩れ落ちた。

神様ありがとう。
棋聖を独り占めできて、幸せでした。

座り込んで一心に神に感謝を捧げる私は、エレベーターの“1F”ボタンをすっかり押し忘れていて、乗り込んで来た男性から不審な目を向けられることになった。