鍵を失くして一ヶ月。
お気に入りだった国民的アニメキャラクターのキーホルダーも、鍵とともに失くしてしまった。

「いい加減、交換しないとな」

何もついていない裸の鍵は、バッグの中でしょっちゅう行方不明になる。
泣き腫らした目では尚更見つからなくて、なんとか手探りで掴みドアを開けた。

日が暮れても下がらない気温は、まぶたの熱を冷ましてはくれない。
ふと鍵を充ててみると、金属の冷たさが気持ちいい。
これはあの夜、十一時半過ぎという遅い時間にも関わらず、武が駆けつけて持って来てくれたものだ。
彼氏に合鍵を渡しておくって、なんて便利なんだろう!
と酔っぱらった私は、非常事態にも関わらず鼻歌を歌いながら武を待っていた。
結果的に合鍵を返してもらったのは、こうなってみると、何かの暗示だったのかもしれない。

ほんの一ヶ月では、私の周りは何も変わっていない。
洋服のローテーションも、エントランスの蛍光灯が一本切れていることも。
変化といえば、向かいの家の玄関前にあった朝顔の鉢がなくなったくらいのものなのに。
それでも「無用心だから、早く鍵交換しろよ」と言ってくれる武は、もういないのだ。

暗いリビングに電気もつけずに上がり込み、もわっとこもった空気だけは我慢できなくて、手探りでエアコンのスイッチを入れた。
ソファーにバッグを放り投げると、その勢いで飛び出した携帯のチカチカという点滅が目に入る。
レースのカーテン越しに入り込む街灯の明かりを頼りに携帯を手に取って、届いていたメッセージを開いた。

『無事に家には着きましたか?』

液晶の強すぎる光に目を細めつつ、他人行儀な文面を読む。
送信時間は三分前。
どこかで見ていたのかと疑いたくなるほどにちょうどいいタイミングだ。

送信者の『有坂行直』というのは、ついさっき知り合い、そして新しく“彼氏”となった人である。

『たった今着きました』

事実のままに返信すると、

『ゆっくり休んでください』

間髪入れずにそう返ってきた。
特別返信を要求する内容でなかったことにホッとして、私は再びソファーに携帯を放り投げた。