「考えたらなんかひとつぐらいあるだろうけど〜。

そうじゃなくて、ふと現実逃避してみたくならねえ?」



「……ねーな」



「今日はやけに冷たいねえ」



俺はこいつじゃねーから、こいつの考えてることも気持ちもわからない。

逆に俺の考えてることも気持ちも、こいつはわかんねーだろうし。



「……たまにさ。

ひのがいた頃のここを思い出すんだよ〜」



あいつが、いた頃。……姫だった、頃。

言い換えれば、まだ、綺世の彼女だった頃。──百夜月から絶大な信頼を誇っていた姫は、たぶん、俺らより前の6代と比べても、一人もいねーと思う。



6代目の姫を、俺らは知ってるし。

その人のことも、6代目と同じぐらい信頼してたし、いい人だと思ってた。……でも、ひのは、違う。




「綺世ふくめて。……全員。

ひのがいなくなって、変わったと思わねえ?」



普段は倉庫にいて、部屋にこもりがちな俺らと違って。

綺世の彼女で姫という立場にいたとき、ひのはほとんど俺らと同じ部屋にいなかった。……下っ端と、誰よりも密に接してたから。



幹部以上に信頼を置かれてる姫なんて、ひのだけだ。

もし、仮にひのが姫だったとき。幹部がいない間なんて滅多にねーけど、幹部がいない時に何か事件が起きてたとしたら。……下のヤツらは、確実にひのの指示に従ってる。



何の迷いもなく、あっさりと。

……それほど、当たり前のように信頼を積み重ねてきたひのがいなくなった衝撃は、下のヤツらの中でもまだ残ってる。



「あやちゃんと別れた理由もわかってないから、変にみんな聞けないんだよねー。

いまも仲は良いけどー、ふたりともあんまり昔の話したくなさそうじゃない?」



「……あいつが。

ひのが一番、百夜月のこと好きだったんだろ」



誰よりも大切にしてきてくれたひのに、あいつらは捨てられたって感じてるわけじゃなくて。

いまもまだ、ひのの帰りを、待っているような。