「まだ……足りねえか?」
穏やかなくせに、どこまでも深い声。
切なさの方が大きくて、水の中に閉じ込められたみたいに静かだ。──水中で酸素を求めるのと同じように、綺世に「もっと」と強請る。
深く絡めるように口づけられて、首裏に回した腕に力がこもる。彼が落とした何気ない吐息が甘ったるくて現実に引き戻されたわたしは、かあっと頬を赤く染め上げた。
いくらわたしの地元が田舎だからって、道端でキスって油断しすぎでしょわたし……!
「……真っ赤」
「ちが、これは……その、」
我を忘れてて、と言い訳する。
立ち止まるわたしたちの周りには人はいなくて、シンとした静けさだけが広がっているけれど。誰かに見られていたらと思うと、気が気じゃない。
赤くなったわたしの頬を、綺世がゆるく撫でる。
何もしてないのに、されてないのに、だんだん恥ずかしくなってくるのはどうしてなのか。
「……さっきの問い掛けだが、元カノはあいつひとりだけだ。
でも中学ん時は、不特定多数の女に手出してたこともある」
「、」
「……ひとつだけ、ひのに良いことを教えてやるよ」
いいこと?と首をかしげる。
何がわたしにとって、いいことなんだろう。
「俺があいつと別れた原因は。
……一目惚れした女に気を取られて、隣にいる女を愛せなくなったからだ」
「……綺世」
「プライドの高い女だったからな。
もう好きでもねえのに、俺のこと取り戻すつもりだったんだろ。お前が俺から離れたあと、チャンスはいくらでもあったくせに俺を好きだって素振りは見せなかった」



