謝るわたしに対し、「いや」と口にする綺世。
あまり機嫌は損ねていないみたいだからホッとしていたら、不意に強く引かれた手。いつも通りに駅に向かう途中にある細い路地へと連れ込まれたことに気づいた時には、もう。
「ん、」
強引どころか最高に優しく口づけられて、自然と彼の背に手が伸びる。
あの頃と変わらないキスの仕方。ひどく焦がれた1年半前の気持ちを引き出されたところで今の感情がリンクするせいで、余計に愛おしくてたまらない。
「……嫌な気持ちになったわけじゃねえけど。
お互いに知らねえことの方が多いせいで、お前に対してすげえ貪欲になってる」
「綺世、」
「そもそも、半年以上付き合ってた割に誕生日をついこの間知ったってところからおかしいだろ」
好きなくせに。
……ううん、好きだからこそそれで満足して、お互いに関心がなかった。それも別れた原因のひとつかもしれないと、今になって思うけれど。
「普通のカップルが当たり前にしてるようなこと、わたしたちはしてこなかったものね。
……今からでも、遅くないと思うけど」
「……ああ」
「綺世の元カノだって、そもそも先輩ひとりなの?」
お互いにお互いを求めすぎて、知らないところは知らないまま。
好きだと言って付き合えるだけで満足するのは、小学生にだってできることなのだ。求めなさすぎることも罪ね、と誘うように問いかける。
「さあ? ……どうだろうな」
「なにそれ、わたしのこと揶揄って遊んでるでしょ」
むっとしてみれば、悪びれる様子もなくくすくすと笑う綺世。
わたしの耳元にくちびるを寄せて、「ひの」とヤケに甘い声で名前を呼んでくる。ご機嫌取りのつもりなんだろうか。



