「音のことを俺が好きなら。

……俺がここに今いる理由がないだろ」



妹を迎えに行かなければいけなくなったわたしに、真っ先に「送る」と言ってくれたのは綺世だ。

当たり前のように、ずっと繋がれたままの手。



「相手がお前じゃないなら……

"もしも話"なんて持ち出したりしない」



もし、別れたくないと言っていたら。

指輪を買いに行った日に彼が口にしたのは、綺世らしくないもしも話。



「そもそも、好きでもねえ女と嘘つくためだけに指輪なんか買うかよ」



繋がれたままの手に、"おそろい"だと主張するような色違いの指輪。

わたしはいつもチェーンにつないで指から外していたけれど、買った瞬間から今日まで、綺世の指にそれがない日なんてなかった。



視界の先にいた綺世が、ゆっくり指を解く。

離れた熱に名残惜しいなんてふざけたことを考えた瞬間、指輪のない左手をそっと持ち上げられて、手の甲に慈しむようにくちびるが触れる。




「……本当は、ずっと気づいてんだろ。

俺がお前のこと好きだって」



はらはらと涙が散ったことに気づいたのは、顔を上げたはずの綺世の顔がひどくぼやけて見えたから。

予感はしてた。だけどはっきり口にされた二文字に、どう返していいのかわからない。涙を呑み込もうとすればするほど、喉の奥が締め付けられるように痛くなる。



「泣くってことは……

俺の気持ちは知りたくなかった、か」



ふっと、自嘲気味にこぼされる笑み。

ちがうと否定してもしなくても彼を傷つけることは容易に想像できた。だから何も言えなくて黙り込むわたしの頬を、優しい両手が包む。



「別れてからもお前を想わなかった日なんてない。

お前が彼氏と仲良くしてるとこでも目にしたら諦めがつくかと思ったが……逆に、余計取り戻したくなった」



触れたくて堪らない。

涙でぼやけているのに、囁く綺世の顔が苦しげに歪められたのがなんとなく理解できて。胸の奥に閉じ込めた感情が、どうしようもないほど綺世を求めるから。



引き寄せられた身体。

──顔にかかった影に、目を閉じた。