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──その日はあいにくの雨だった。

例年より少しはやく梅雨入りしたことで予想できていたことだけれど。しっとりとしたこの季節は、結構好きだ。



白葉 万智が"あのとき"の男だったことが判明したあの日。

ミヤケたちに報告の電話をしたあと、言葉を深く交わすこともなくそのまま添い寝のお泊まりをしたけど、その日はずっとわたしを抱きしめて会話してくれなかった千瀬。



泣きそうだった……というか。

たぶん、彼の中でも色々葛藤があったんだと思う。



おそらくちょっとは泣いたと思うけど、わたしはずっと彼の髪を撫でてあげていただけ。

気づけば寝落ちしてしまったから、ほんとに千瀬が泣いてたかは知らない。でもちょっと泣いたと思う。たぶんね。



その翌日からは随分しっかりしてたし、けじめもついたんだろう。

本気で千瀬は何も対策を考えなかったし、もう大丈夫だと言ってくれた。



──だから今日まで、本当に何も起こらなかった。

東西についても、HTDにしても。至極平和な日々が続いて、約束通りの、6月3日。



昨日はお泊まりしたけど、添い寝じゃなかった。

「明日千瀬くん誕生日よねえ」「そうなのよねえ」なんて言ったわたしのお母さんと千瀬ママが、わざとらしく今日は夏川家で過ごすとアピールしてきて。




晩ご飯後は千瀬の家にふたりきり。

仕立てあげられた状況に「わざとらしすぎ」とため息をついてたくせに、どうせだからと美味しく頂いてるんだから千瀬も大概だ。



……だから12時ちょうどのプレゼントが本気でわたしになってしまったことについてはもう何も言わないでほしい。

じっくり味わい尽くされてから「おめでとう」と渡したプレゼントの中身は、香水にした。



「女性がいちばん好きな匂いなんだって」と言いながら渡したら、「じゃあ外ではつけられないね」なんて言うからきょとんとしたわたし。

どうして?って聞いてみれば、「俺に女の子が寄ってくるの嫌でしょ?」と意地悪に笑われた。むかつく。



その容姿なんだから匂いなんて絶対関係ないだろうし余計にむかつく。

じゃあわたしの前でだけつけるの?と聞いて。



「んー……

莉胡を誘いたい時だけにしようかな」



意味深なその言葉を理解したわたしは顔を赤くした。

だって、その香水つけてる時はそういう気分だってことでしょ……? 抱きしめられてその香りがしたら、意識しちゃうじゃない。



というかこの香りの千瀬に色気のある顔で迫られたら拒めないからやめてほしい。