あなたに捧げる不機嫌な口付け

いや、え? なんて言った?


『帰らないで、祐里恵』


かえら、ないで。帰らないで。


「…………」


こんな引き留め方をされるとは思わなかった。


帰らないで、と繰り返し弱々しく呟いた諏訪さんに、溜め息を吐く。


「……馬鹿だね、諏訪さん」


馬鹿だ、本当に。

馬鹿で、ひどくて、ずるい。


帰らないで、なんて実直そうなことを、女慣れした風情のイケメンが言うのはずるいじゃないか。


「ここで帰らせておけば、引き留めてくれなかったってショックを受けるかもしれないのに」


むしろ、引き留めて欲しくて、自分から前言撤回して留まるかもしれないのに、

とかいい加減なことを言いながら、私は絶対にそんなことはしないし、諏訪さんも私がそうするとは思わないだろうと考えた。


だからずるい。


意外なのは当然、諏訪さんが本来ならそんなことをしないように見えるからだ。


普段しない人が、自分にだけは、って。

私を特別扱いしてくれた、って。

勝手に勘違いしそうになる常套手段だ。


これだから、ずるい大人は嫌い。


自分を誤魔化したくて、適当な話題を探した。


「駆け引き苦手なの? 諏訪さん」

「どうだろ。下手ではない方だと思うけど」


ふうん、と相槌を打って、落ちてきた髪を払う。


曖昧に笑った諏訪さんは、するりと手を伸ばした。


「絡まってる」