あなたに捧げる不機嫌な口付け

臭い。ものすごく煙草臭い。


「…………」


連れて来られた部屋は、一人暮らしならかなり広く使える大きさだった。

同棲だってできそうなくらい。


扉を開けてすぐ臭いと思うほど煙草の匂いが染みついていることを除けば、よく整頓された広い一人暮らしの部屋だ。


私の家族は煙草を喫まないから、匂いに慣れていない。


諏訪さんに初めて会ったときも、近づくと煙草の匂いがした。


少し辛かったのに、その諏訪さんが住んでいる家となったら匂いがすることくらい考えておくんだった。


多分あれは諏訪さんが気を使って消臭剤とかで対策していたんだろう。


思わず咳き込みかけて、いや咳き込むのはさすがに駄目だろう、と無理矢理押し込める。


無表情の裏で、ぐ、と鳴った喉が詰まった。


「ごめん、臭い?」

「……いや、大丈夫。ごめん」

「気にしないで。でもほんとに辛くない?」


……辛くないといえば嘘になる。


でも、玄関の靴入れと思しき棚の隅に、こっそり置かれた消臭剤があった。見つけてしまった。


固形とスプレーが並んでいるから、一応対処はしておいてくれたんだろう。


きっと、あの十五分は彼の気遣いだ。


そんなものが玄関の隅にあって、気配りだと知ってしまって、それでも嫌な顔ができるほど、面の皮は厚くない。