あなたに捧げる不機嫌な口付け

「とりあえず受け取ってください」


はい、と手渡された婚姻届をまじまじ凝視してみたけど、やっぱり婚姻届だし、恭介さんの項目は全部埋まっているし、恭介さんの字を初めて見たけど案外綺麗だ。


「ええと、あの……」

「うん」


小さな相槌が、ぐるぐる考える隙間を埋める。


言葉に詰まった場合、黙られるより小さく頷いてくれる方が続けやすいのだと知っているから。


逐一要望を伝えるわけじゃないけど、恭介さんは生来の鋭さでもって機微を察するのが上手かった。


「…………ええと」


ゆっくりでいいよ、とも、早くしろ、とも、間接的にしろ直接的にしろ、ひょっとすると判断を迫る意味に捉えてしまいかねないような言葉は何も言わない。


ただ、うんとだけ。

優しい声で、そっと微笑んで、うん、とだけを言ってくれる。


「えっと……婚姻届はまだ使わない」


結論は出ているけど、でもやっぱり、もうちょっと、ちゃんと考えてからがいい。


言葉を慎重に選ぶ。


「確約は欲しかった、です。明確な形も欲しかった。……その、ありがとう。嬉しい」

「それはよかった」

「でも今は、何も約束がなくてもいい」


婚姻届は、もっと後からでいい。


「何もなくても、恭介さんのそばにいる」


利益も、効率も、遊びも、約束も、何もなくても。


まっさらでいい。


大人と子どもじゃなくて、恭介さんと私ってだけで充分だ。


だから今は、何もなくてもいい。