あなたに捧げる不機嫌な口付け

「帰る、帰りたいの、離して諏訪さん」


諏訪さん、と。


途切れ途切れに名前を呼ぶ度に、ぴくりと束の間、指先に力がこもった。


俯いた視線の真下で、ちょうど諏訪さんが私の手を捕まえている。


そのよく見える位置で、名前を呼ぶ度に、諏訪さんの大きな手のひらが私の手のひらをきつく握る。


私は熱に浮かされたように、離して、とそればかりを繰り返した。


「諏訪さん、諏訪さん、離してってば」

「……やだ」

「やだじゃなくて、離して、帰るから」


熱い吐息で途切れ途切れに訴える。


普段のひょうひょうとしている諏訪さんの豹変ぶりに困惑して、頭が上手く働かなくなってきていた。


「諏訪さ」

「祐里恵」


名前を呼んだだけだ。

呼ばれただけ、なのに。


密かに私の名前を呼ぶだけで何もかもを遮って、私の両手を片手で閉じ込めた諏訪さんが、あいた片手で私の顎を掬う。


持ち上げられて、泳ぐ視線。


諏訪さんの目は見ない。


「祐里恵、こっち見て」

「……嫌」


息を殺した諏訪さんが、私が嫌がると分かっていて言った。


「見てくれないとキスする」