遠くに思考を及ばせていた私を現実に引き戻したのは、目の前の天上人の声だった。


「知らない。何で君のこと、庇ったとか……そんなの、僕が聞きたいんだけど」


ぎゅ、と眉根を寄せて、蓮様が苦々しげに述べる。その音色は忌々しい、というよりも、参っている、と言った方が正しかった。
なぜかこちらまでそわそわと落ち着かない気持ちになって、視線をさ迷わせてしまう。


「痛いし、濡れたし……ほんと最悪。何であそこで踏ん張れないわけ。君、水に落ちるのが趣味なの?」

「そんなことは決して……! いえ、あの、申し訳ございません……」

「もういいよ。だって君が手当てしてくれるんでしょ」

「え、」


むしろ、私がしていいのだろうか。
明らかに戸惑ったのが伝わったのか、蓮様は「してくれるんだよね?」と念を押してくる。


「はい! もちろんです、お望みとあらば! 私は蓮様の……」

「僕だけの専属執事、だっけ」

「えっ、でもそれ、頭痛が痛いからだめって……」

「どういう覚え方なの」


まあ何でもいいけど。そう結んだ彼が、会話を切り上げて歩き出す。
私といえば――顔を背ける直前、僅かに上がった彼の口角をうっかり視界に入れてしまい、またもや心臓が苦しかった。


「佐藤。早く」

「は、はい! 只今!」


プレゼントなんて何もいらない。だって蓮様から貰った「初めて」が、たくさんあったから。

先行く背中を追いかけながら、立夏の森の中、静かに懐中電灯を点した。