「ねえ、シズカ。話は変わるんだけど……」

 本来なら、朝一番の話題の筈だった。なのに、どうやら英語の単語と一緒に、どこかへ吹き飛ばされてしまったらしい。

 ようやくアユミは今朝の出来事の一部始終を、シズカに話し出した。

「それって、『明け方のマリア』じゃない?」

 シズカはアユミが話終わらない内に遮った。弾んだような、そんな口調だった。


「知ってるの?」

「朝の同じ電車の同じ車両の同じ場所に座っているっていう老婆のことでしょ」

「そうなの」

「なんでも、孫を事故で亡くして、ショックでそんな行動をとってるそうよ」

 シズカはまた、口元に手を当てる。これは彼女の癖で、興味のある話を聞くときには、立っていてでも回す。


「知らなかった」

「通学にはちょっと早い電車よね。毎日赤いショールを纏って、なんだか気味が悪い」

「テストでたまたま早い電車に乗ったから会えた訳ね。でも、やさしい目をしていた」

「お金持ちっていう噂よ。アユミは転校生だから知らないかもしれないけど、一時学校で盛り上がったんだよ」

「うん」

 アユミは転校して一年になる。シズカは最初に話しかけてくれて、そのまま友達になった。シズカは背が高くて体も大きかったけれど、アユミとは面白いように気が合った。

「でも、結局なにも判らなくて、みんな飽きちゃったみたい」

「そうだったんだ」

 アユミはシズカに、おもむろに握り締めた左手を差し出した。小さな鳥の青いガラス細工だった。
 青い鳥は行儀良く羽を仕舞っている。アユミの親指ぐらいの小鳥だった。


「それなに?」

「そのお婆さんがくれたの」