家が地域の有力者であることを除けば、アユミはどこにでもいる高校生である。

 今なお健在である祖父のもと、政治的な圧力により、土地開発などに多大な影響力を持つ家柄なのだが、アユミにとってはどうでもいいことだった。

 普通に電車で学校に通い、普通に友達と接する。むしろ、家のことは誰にも知られたくはない。
 アユミはアユミであり、アユミ自身がそうしたかったからだ。


 停車した駅の名前を見て、学校の最寄り駅まで残り数駅だと気付いた。


 ここへ来て、アユミは我に返った。

 テストだ。
 漸くテストの事を思い出したのだ。

 あまり時間がない。

 アユミは急に焦り出し、鞄の中から単語帳を取り出す。表紙に大きく自分の名前の書かれたそれを、忙しなく広げた。


 その時、今度はガタンという振動で電車が動き出した。

 反動のタイミングでバランスを崩し、心許なく摘んでいたアユミの単語帳は、不意を突かれて指先から抜け落ちた。見る見るうちにアユミから遠ざかる。堅い角の部分から、落下してゆく。

 とっさに空気を掻き寄せるも、その先にあるのは老婆の頭だった。単語帳の角が、老婆の白髪に迫る。


 耳から首筋に掛けて、揚げたてのフライのように熱くなる。
 アユミは心の中で叫んだ。しかし、実際は目の前の出来事に、ただ口を小刻にぱくぱくさせ、息を吸うばかりだった。

 老婆の髪の分け目に当たるまで、何もかもがスローモーションで流れた。