歩美はその夜、会社の散らかった自分のデスクに、ぽつんと一人、佇んでいた。

 傍らには、冬沙子から預かった手紙と、それらに添えられていたメモが一番上に置かれている。メモには踏切の開閉時刻が手書きで細かく記されていた。利喜三が執念で調べあげたものだった。


 わだかまりのように歩美を取り巻いてきたもの、そして糸口がそこにある。


 歩美は毒薬を眺め、楽しい時も、辛い時も、ガラスの青い鳥と共に人生を歩んできた。

 しかし、突然の不注意でガラス細工は割れ、ほどなく歩美は真実を知るところとなった。


 歩美は考える。


 私は、知らず知らずのうちに、人の業を背負って生きていたのだと。

 人生を歩むということは、こういうことなのだろう。

 何気ない世界や黄昏に浸って生きてきた人間に、本当の真実は見えない。

 この地に立っていることが出来るのも、大勢の人の重なり合ったそれぞれの思いが、礎(いしずえ)となっている。

 何もかもが非情なまで、残酷に同じ時を刻んだ結果なのだと。


 私は何も見えなかった。つい先程まで何も考えず、安呑と暮らしていたのだ。

 そんな私に、いったい何が出来ようか。