障子で仕切られた一室の前で、霧子は足を止める。

「洋一郎さん、歩美さんがお越し下さいましたよ。神坊歩美さん、……覚えていらっしゃるかしら」

 霧子は、歩美の心の準備が整わない内に、障子を音もなく開ける。

「すみません」

 中から、かすれた男の声が返ってくる。

「さあ、どうぞ。ごゆっくり」

 霧子は笑顔で歩美に一礼すると、また、更に廊下の奥の角へ消えていった。

「あの、失礼します」

「どうぞ」

 その声を聞いてから、歩美は敷居を跨ぐ。

 畳の上で色白の男性が、布団にくるまって、後ろ向きに横たわっていた。

 まず歩美の目についたのは、頭だった。髪の毛が一本もない。剃った風でもなかった。

「洋一郎です。いや、すみません。体が不自由でして、申し訳ありませんが、こちらに回って頂けますか」

 しわがれた声が歩美の耳に届く。丸い頭を見ながら何と声を掛ければよいのか分からなかった歩美は、戸惑いながらも、言われた通りに男性が横たわっている足の方から回る。

「本当にすみません。改めまして、佐々江洋一郎です」

 頬が痩け、青白い顔だった。小さい頃に遊んだ面影は、何処にもない。

「あ、あの……」

「覚えていますか? ああ、懐かしい。自分は覚えておりますよ」

 洋一郎は枕に左耳を沈めながら、布団の中から歩美に、老人のような干からびた右腕を伸ばす。

 反射的に、歩美は肩を退いてしまったのだが、すぐに気付いてその手を取った。