明け方のマリアの微笑みが脳裏に浮かぶ。

 眼球が忙しなく動き、歩美は更に混乱する。


 あの日、大きく名前の書かれた単語帳を広げていた。


 そして思い掛けず、マリアは毒薬を渡す機会を得た。

 咄嗟の判断で手渡したのだろうか。

 決して計画的ではないように見えた。

 しかし、それは間違いだったと、歩美は気付いた。

 あの機会を得るために、手渡す機会を得るためだけに、マリアはずっとあのような行動を取り続けたのではないか?

 それだけを心の支えとして生きている人間も、いるのではないか?


「私、踏んづけた時に、怪我もしました。皮膚から毒が入っている筈です。でも、何ともない」

「貴方は生きておられる、それがあの人の答えなのでしょう」

「答え……」

 歩美は、まだ冬沙子の掌にある粉々になった青い鳥に、目を落とした。


「私たちの娘が生きていたのなら、ちょうど貴方ぐらいの年になっていたでしょうから。娘の名前はね……『亜由美』っていうのよ」