誰かしら……、歩美は思う。どうにも身近にいるような気がしてならない。

 相手はすっかりと忘れているのだろうか。

 誰だろう?
 思い出せそうもない。

「廊下で遊んでいた記憶があります」

 歩美は付け加えた。

「ああ、そうでしたね。ええ、そうでした。廊下に傷が付くので三輪車はやめなさい、と神坊さんは仰ってましたが、佐々江が構わないと言って、逆に自分の孫の洋一郎さんに、一緒に遊んでやりなさい、と言ったんです」

「そうなんですか」

 佐々江洋一郎。佐々江信平の孫。あのお兄ちゃんの正体を、その時初めて知った。

「宜しければ、後で寄って行って下さいな。奥の部屋におりますから。きっと覚えていますよ」

「ご挨拶させて頂きます」

「ありがとう。洋一郎さんも喜びますよ。建物はあの頃と、何一つ変わってませんから、多分、廊下の傷もございますよ」

「三輪車で誰かと遊んだことは覚えています。それ以外のことは、よくは覚えていないんです」

「変わったことと言えば、そうね、人が年を取りました。私もいつお迎えが来てもおかしくない年です。さあ、お茶が入りましたよ」


 霧子がいつの間にかお茶を運んで来ていた。冬沙子は少しお茶を含んで唇を濡らすと、にこやかに歩美を眺めた。


「大きくなったねえ」

 冬沙子は感慨深く言った。